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脱サラした夫と知的障害・自閉症スペクトラムの息子、2匹の猫との生活

知的障害と自閉症スペクトラムの息子の備忘録6【支援学校高等部時代】

大空と畑


こんにちは(#^.^#)

 

先日の修学旅行の記事には、たくさんのコメントをいただきありがとうございました🙇

息子は2日間ゆっくりして、月曜日には元気に学校へ行きました😊

来週からの実習が楽しみだと言っていましたので、実習がいい気分転換になることを願っています。

 

さて、息子の備忘録シリーズもいよいよ最後になりました。

高等部時代はまだ半年残っているので、どうしようかと迷いましたがこれ以降は追記として書き留めていこうと思います。

 

高等部1年生の頃

新しい学校、先生、クラスメイト・・・。

この新しい環境に慣れるのに結構時間がかかります。

そして、5月頃体調を崩すのはいつものこと😅

2、3年になると学校のペースにも慣れそんなことはなくなるのですが、新入生の時はいつも体調を気にかけていました。

 熱中症のような症状

5月に入り気温が急に暖かくなってきた時がありました。

ビニールハウスでの作業のあと、具合が悪くなったようで学校から帰って来るなり寝込んでしまった息子。

手足のしびれ、頭痛、吐き気、夜には体温が上がり熱がこもっていたようです。

次の日にはなんとか起き上がることができましたが、まだ心配だったのでしばらく学校は休ませました。

 

学校で具合が悪くても、すぐに言えない息子。我慢してしまうところがあります。

これはずっと前からの課題なのですが、「具合が悪くなったらすぐに伝える」というのを目標にしています。 

家では少し喉が痛いくらいでも、「喉が痛い!喉が痛い!」とうるさいくらいに言うのですが、外ではなかなか自分の気持ちが言えないようです😔

 文化祭で自分が作った木工品を販売

1年生の時は作業班が木工班だった息子。

文化祭では、踏み台や写真立て、鍋敷きなどたくさんのものを販売していました。

その中で息子が担当したのは鍋敷きと踏み台。

祖父母宅に踏み台を持って行きましたが、踏み台にするのは勿体ないとコーヒーを飲むときのミニテーブルにしているようです。

どれも安い値段で販売されているので、いくつも購入されている人がたくさんいました。

 

 

高等部2年生の頃

 初めての校外実習

2年生になると校外の企業や事業所への実習が始まります。

1学期は、ドーナツや唐揚げなど食品を扱う就労継続支援A型事業所へ、2学期は鞄などを作ったり、便利屋事業を展開しているB型事業所へ行きました。

息子は3学期に行った実習先が、とても気に入ったようで卒業後はここで働きたいと希望を伝えていました。

その実習先が、3年生になっても実習をさせて頂いているB型事業所になります。

ブログでも何度も書いていますが、卒業後はこの事業所で働くことになると思います。

 運動会で初のリレー選手に選ばれる

リレーの選手は50メートル走のタイムで決まるらしいのですが、きっとギリギリのところで選ばれてしまったんでしょう・・・😅

しかも、第1走者だというじゃありませんか!

 

第1走者の記憶・・・。私の古い記憶が思い起こされます。

中学校の時の学級対抗リレーで第1走者を走ることになった私・・・。

すごく嫌だった~~!!リレーは好き😊でも第1走者は嫌でした😅

 

・・・と私のことはどうでもいい?( ̄∇ ̄)

 

自分の時よりも緊張感が半端なく、ドキドキが止まらない~!!

誰よりも大きな声で応援していたかもしれない・・・😅恥ずかしい・・・。

 

バトンパスも落とすことなく渡すことが出来てホッとしました😊

 作業班はフード班に

1年生の頃は木工班でしたが、2年生ではフード班になりました。

いろんな種類のジャムを作ったり、文化祭では豚汁を作って販売していました。

豚汁はもうお昼頃には完売していたみたいでした。

もちろん、私も頂きました😊

毎年フード班が販売する豚汁やカレーなどは、あっという間に売り切れるので皆さん早くから並ばれています。

 

高等部3年生の頃 

 就労先の決定

3年生になると、就労先を決定しなければいけません。

息子は早い段階から行きたい事業所に出会えることができたので、実習も引き続き同じ事業所で受け入れてもらっています。

 

小学校を卒業するときに支援学級の先生(担任ではない)から

「支援学校の高等部に入ったら1年生のうちから就労先を見据えて、早め早めに実習に行った方がいい。3年生になってからでは遅いですよ。」

と言われていました。

この先生、支援学級の前は支援学校に勤めていらっしゃったので、いろいろ教えて下さったのだと思います。

 

もちろん、1年生の早い段階ではまだ外に実習にいける状態ではないので、校内実習を繰り返し行いつつそこで、挨拶や報告・連絡・相談(報連相)の仕方などを身につけ、やっと校外実習に行けるようになります。

  運動会でラジオ体操を皆の前でやることに

2年生の時と同じ運動会ネタですみません。。。😅

運動会の最後に行う整理体操。今度はこれを皆の前でやるというではありませんか!!

これじゃあ、最後の最後まで気が抜けません・・・。

皆の前でやるということは、いつもとは反対の向きで体操をすることになります。 

学校でも練習をしているようでしたが、家でやってみてとお願いしても「いやだ」と断られ(笑)

運動会の当日に初めて見ることになりましたが、堂々としていてよく頑張ったなと思いました。

 

運動会に関してはいろいろ思うことがあるのですが(我が家のこと)、高等部時代、運動会を見に行ったのは私1人でした。

 

夫は仕事を理由に一度も見に来たことはありません。

もう会社員ではなく、自営業なのだから時間はなんとかなるはずです。

というか、1年に1度しかない運動会ですよ。

まあ、小中学校時代も9年間のうち2回くらいしか見に来たことがないので、今更感はありますが・・・。

 

子育てに関しては私とはかなりズレがあり、子供のことより自分優先という感じなので、いろんなことを決定しなければいけない時も「俺はよくわからんから」と全部私に丸投げ。 

もう夫に関してはいろんなことを諦めてます😅

 

 作業班は家政班に

ミシンを使って、雑巾や巾着袋、ランチョンマットにコースターなどを作っています。

これも文化祭で販売されます。

男の子なのに家政班?と思うかもしれませんが、以外と息子は好きらしく😅

どの作業に関しても同じですが、少しずつ自分が作っていく物が出来上がっていくという達成感を味わえるのが好きなようです。

 

さいごに

この3年間で少しずつですが出来ることが増え、学校生活も充実しているようです。

作業学習に関しては、ただ物を作るというだけでなく、将来の就労のことも考えて挨拶の仕方や質問の仕方など、様々なことを繰り返し繰り返し指導して下さいます。

これまでの成長を思うととてもありがたく思います。

 

記事には、出来るようになったことを多く書いていますが、課題もまだたくさんあります。

やはり、自分の気持ちを伝えたり、家以外でのコミュニケーションに関してはなかなか上手くいかないことの方が多いです。

それは、私たちでも難しいなぁと感じたりするわけで、簡単にできるものでもありません。

学校を卒業したら終わりではなく、今後も自分たちでできることはやっていくしかありません。

親戚には「卒業して働くとこ決まったら安心だね。」と言われますが、私はむしろここからがスタートだと思っています。

すぐに手が離れるわけではありませんし、ずっと先の将来を見据えてやらなければいけないことはたくさんあります。

 

ダウン症の書家・金澤翔子さんが30歳を機にひとり暮らしを始められました。

ここまで立派に自立できないかもしれませんが、必要な支援を受けさせてもらいながら、最終的にはグループホームでの生活を目標にしていけたらいいなと思っています。

 

 

息子の備忘録シリーズ、最後までお読みいただきありがとうございました😊

今までの備忘録はコチラ ↓

www.mofumofu.pink

 

  


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