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脱サラした夫と知的障害・自閉症スペクトラムの息子、2匹の猫との生活

知的障害と自閉症スペクトラムの息子の備忘録3【小学校入学から3年生まで】

教室

こんにちは😊

 

今日は息子の備忘録シリーズ第3弾です。

小学校入学から3年生までをまとめてみました。

 今までの備忘録はこちら ↓ 

www.mofumofu.pink

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期待と不安が入り混じった1年生の頃

教育相談を受け普通学級へ在籍していましたが、少しずつ困り感が出てきます。

 帰り道がわからない?

今でさえカーナビ代わりになる息子ですが、初めて登校した日の帰り、どうやって家に帰っていいのかわからなかったようです。

途中まで迎えに出ていた私は、他のお母さんに

「Kくん、なんか帰り道がわからないって学校にいるみたい。」

と教えてもらい、学校まで迎えに行きました。

もちろん、入学する前に何度か登下校の練習もしたのですが・・・。

 給食が食べられない

初めての給食。幼稚園時代はお弁当だったので給食に慣れていない息子は、麦ごはんが食べられなくて「一粒しか食べませんでした」と連絡帳に書いてありました。

 同級生と同じことができない

先生の指示を聞いて、今何をしなければいけないのかわからない。

周りを見ても同じようにできない。

 1年生の夏休みに知能検査(WISCⅢ)を受ける

担任の先生から、他の生徒とのコミュニケーションや上記の行動のことを指摘され、学校で受けることが出来るとのことだったので、夏休みに知能検査を受けました。 

WISCⅢ知能検査とは

ウェクスラー知能検査の児童版。言語性と動作性それぞれのIQと総合IQに加えて、群指数「言語理解」「知覚統合」「注意記憶」「処理速度」を測定できます。学習指導の手掛かりを提供できる知能検査です。

引用元:千葉テストセンター心理検査専門所

結果、総合IQ72。動作性と言語性にかなりの差がありグラフがデコボコな線を描いていました。

得意な分野と不得意な分野にあまりにも差が大きいと、これから生活していく上で本人が大変になっていくということでした。

 

・・・病院の受診を勧められました。。。

 

この時私は、やっぱりそっか~・・・。でも、学校のテストの点数は全然悪くない。むしろいい方だし、知能だって今よりもっとよくなるんじゃないのか・・・と思っていました。

まだ障がいがあると決まったわけではないし・・・とやっぱり認めたくない気持ちもありました。

 病院を受診する

学校が指定された医院を受診しました。1年生の12月頃です。

今通っている所とは違う病院ですが、学校側としては病院でしっかりと診断をしてもらわないと、支援学級への転籍の話などができなかったのでしょう。 

 

病院を受診してから2週間後に結果を聞きに行きました。

診断名:広汎性発達障害の疑い

※広汎性発達障害という分類は現在はなく、今は自閉症スペクトラム障がいという診断名に統合されています。

 

途中で支援学級に転籍した2年生の頃

病院で広汎性発達障害の疑いと診断されて、普通学級から支援学級に転籍するまで、約半年かかりました。

気持ちの整理、心の葛藤、夫との意見の違い、本当にいろんなことを考えました。

この時の私の気持ちはまた今度書きたいと思います。

あまりにもいろんな思いがありすぎて、ここには書ききれません。

 クラスメイトが嫌がらせ?

3学期のある日、学校から帰ってきた息子の腕に鉛筆で刺したような跡と、紫色のアザがたくさんあるのに気がつきました。

前にも書きましたが、息子はおとなしい性格で嫌なことをされても「やめてくれ」と言えません。

せめて「痛い!!」という声だけでもあげてくれたら、先生なり他の友達が気付いたかもしれません。

 

どうしたのかと聞くと、クラスメイトの1人が息子の机を通り過ぎる時に、毎回鉛筆で息子の腕にチクッとしながら通ると。

 

はぁん?なんだって??

 

口が悪くてごめんなさい🙇

まあでも息子の言い分を聞いただけでは本当かどうかわからないので、学校に連絡をして確認をしてもらいました。

 

すると、やはり息子が言ったとおり、クラスメイトの1人がやっていたことが判明。

その子、1年生の頃からよく一緒に遊んでくれていた子だったんですよね。

なんかショックでした・・・。

 

 2学期から支援学級に転籍

この時の息子の状態、周りの環境いろいろ考えて支援学級に転籍しました。

悩みに悩んだ末の選択でした。

一番の決め手になったのは先生が、

 

「Kくんの将来のことを一番に考えましょう。そのため必要な支援を一緒に考えていきましょう。」

 

とおっしゃてくださったこと。

途中で転籍すると周りの目も気になるけど、それは私が気にしていること・・・。

そうだよね。息子のことを一番に考えてやらないといけないよね・・・。

と思えるようになりました。

夫は最後まで普通学級にこだわっていましたが・・・。

 

ただ、この先生は2年生が終わったと同時に他校に転任されました。。。

こちらもショックだった~~😭

 

親子共々安定してきた3年生の頃

新しい先生も障がい児教育の専門の知識を持った先生で、小学校を卒業するまでお世話になりました。 

 息子も私も心に余裕ができた

支援学級に在籍したことで、今まで他の子と同じようにさせなければいけないと思う私の気持ちがすごく楽になり、息子にきつく言うこともなくなりました。

 

息子も今までいっぱいいっぱいだった学校での生活が、自分のペースでできる時間もあることで楽しくなったようでした。

 

一日中支援学級にいるのではなく、音楽や体育、給食の時間は今までと同じように普通学級へいっていたので、同級生と接する時間もありました。

このころには、給食もほとんど食べることができるようになりました😊

 療育ができる病院へ通う

最初に診断してもらった病院は、療育などをしているところではなく、ただ診断をしてくれるだけ。

これでは親にとってじゃあ、どうすればいいの?ってなってしまいます。

2年生の終わりくらいに、今の病院に予約をしようと電話をすると、半年以上先になりますと言われました。

 

結局、今の病院を受診したのは小学3年生の9月でした。

そこでも知能検査(WISCⅢ)を受け、やはり同じように自閉症スペクトラム障がいの診断名がつきました。

そして、月に2回、作業療法と言語療法の訓練を受けることになりました。

 

この時のIQもまだ70くらいだったので、知的障害とは診断されていませんが、IQは年齢が上がるに従って、下がることはあっても上がることはないと言われました。

 初めての宿泊学習

支援学級に在籍すると、年に1回、宿泊学習があり昼間は海でいろんな体験をしたり、夜は各学校で出し物を考えて発表する場があります。

 

親もその発表を観に行くのですが、初めてのお泊まりの時は発表よりも本当に泊まれるかどうかの方が心配で、どんなことを発表したかあんまり覚えていません・・・😅

無事帰ってきたときはホッとしました。

 

さいごに

今回の小学校入学から3年生までが一番書くことが多くて、どうやってわかりやすくまとめようかと考えましたが、なんだか上手くまとまっていないような・・・😅

 

あれもできないんだ・・・これもできないんだ・・・とショックを受け、どうにかできるようにと必死になることが多かった私が、息子のペースに合わせてゆっくりでいいんだと思えるようになったことは、私にとっての成長でもありました。

 

そして、もっと早く障がいを受け止めてあげていれば良かった。

今までたくさん無理をさせてごめんね・・・という気持ちでいっぱいでした。