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脱サラした夫と知的障害・自閉症スペクトラムの息子、2匹の猫との生活

知的障害と自閉症スペクトラムの息子の備忘録2【4歳から小学校入学前まで】

こんにちは。もふもふです(#^.^#)

 

もうすぐ18歳になる知的障害と自閉症スペクトラムの息子。

今日は、息子の備忘録シリーズ第2弾!!

4歳から小学校入学前までの出来事を書いていこうと思います。

3歳まではこちら  ↓

www.mofumofu.pink

 

4歳になる頃 

息子は幼稚園(2年間)にいかせる予定でしたので、4歳までは家で過ごしていました。

散歩をしたりお店に出かけたり、公園に行ったりして毎日を過ごしました。

この頃にはもう出かけても大泣きすることはなくなり、時には宮崎の実家に帰ったりと遠出もできるようになりました。

でも、相変わらず同い年くらいの子供と遊ぶ気配はありませんでしたね・・・。

幼稚園が少し不安になってきます。

 

幼稚園に入園する前には、自分で着替える練習をしたり(幼稚園では体操服に着替えないといけないので)、私は私で入園に必要な絵本バッグやランチョンマット、コップ入れなどいろんな物を手作りしました。

ミシンがなかったので、全て手縫いで頑張りました😊

後にも先にも手作りのものを作ったのはそれっきり・・・😅

 

そして、すでにこの頃からワンオペ育児というやつですか?

この頃というか3歳までの間もそうでしたが・・・😅

 

この時期の夫の様々な行動、一生忘れない!!!!

 

5歳になる頃(年少さん時代)

ちょうど息子が4歳半の時(5歳になる年)に幼稚園に入園しました。

家から近い公立の幼稚園です。しかも少人数で1クラス10人くらいしかいませんでした。

毎日お弁当持参です。

幼稚園は帰る時間が早く、午後2時にはお迎えに行かなければいけません。

 

子供と長い時間離れて過ごすのは初めてのことで、息子だけでなく私も不安で仕方がありませんでした。

朝お母さんと一緒に来るけども教室にどうしても入れなくて、ずーっとお母さんにくっついて離れない子供や、目を離すとすぐ違う場所に行ってしまう子供などもいました。

息子はそういうこともなく、以外とすんなり教室にも入ってくれて一安心したのを覚えています。 

 マラカス破壊事件

お遊戯会の練習で、楽器の練習をしているときに、マラカスの担当だった息子は振るのではなく、かち割ってしまいました・・・。

両手で持っているマラカスを応援バットのように互いにぶつけるようにして壊してしまったようです。

わざとではないようでしたが、マラカスの使い方わからなかったのかもしれません。 

 糊をつける量がわからない・・・

工作でカップに入った糊を使用していたみたいですが、たっぷり取ってしまったようで作品がべちゃべちゃに・・・。

今でもそうですが、「適当な量」を判断するのが難しいようです。 

 ごっこ遊びが苦手

幼稚園時代よくやる遊びです。

お父さん役、お母さん役などを決めて遊びます。

私も子供のころには「お母さんごっこ」とかよくやっていました😊

 

みんなで役を割り振り、相手の役割を理解して相手に行動を促し、または相手に促された行動に応答する

 

この「ごっこ遊び」ってとても高度なコミュニケーションだと思いませんか?

 

息子と同級生の女の子が、「Kくん(息子)はお母さんごっこするとすぐいなくなるの~」

と話してくれたことがありました😅

 

今思うと同級生のお友達とコミュニケーションを取るのが難しかったのだと思います。

 

6歳になる頃(年長さん時代)

 ことばの教室に通う

なかなかコミュニケーションがとれなかった息子。

担任の先生から「ことばの教室」にいかれてみてはどうかと提案がありました。

コミュニケーションだけでなく、話すときに「吃音」もあったのです。

吃音

「吃音」とは、言葉の始めの音を繰り返したり(「ぼ、ぼ、ぼくねぇ」)、引き伸ばしたり(ぼーーくねぇ」)、つまったり(「・・・ぼくねぇ」)して、滑らかに話せない状態のことをいう。「吃音」は少し前まで「どもり」と呼ばれていましたが、今では、「どもり」という言葉は差別的な意味合いが強いため公式な場では使用されることなない。

市内の小学校に1校だけ「ことばの教室」がある学校がありました。

週に一度、幼稚園が終わった後3ヶ月ほど通いました。

 

通った結果、吃音が治りました!!と言いたいところですが、そう簡単に治るわけはなく、今でも普通の会話では大丈夫ですが、自己紹介をしたりみんなの前で話をする時などはやはり吃音の症状は出てしまいます。

 

当時は、吃音を治して普通に話せるようにさせなければという思いが強く、始めの言葉を繰り返すと、「ぼ、ぼ、ぼくじゃなくて、「ぼく」ってゆっくり言ってごらん」と何度も言い直しをさせてしまいました。

今思うと、吃音を治したいというのは親のエゴでしかなかったなと反省しています。

 

この時くらいから吃音だけでなく、発達も遅れているのかもしれないと思うようになりました。

 公文教室に通う

そうは思いながらも、発達に遅れがあると認めたくなかった私は、小学校に入学してからみんなに後れを取らないように今のうちからと公文教室に通わせました。

私もちょっと必死になっているところがあったと思います。

 

当時、息子は文章は読めましたが、まだ字はあまり書けませんでした。

公文では全ての教科の基礎となる「国語」だけを習い、小学校3年生まで続けることになります。入学前にはひらがな、カタカナ、自分の名前は書けるようになっていました。

 

息子も意外と楽しく通ってくれて、宿題をするという毎日のルーティンが出来、学校に入ってからも学校の宿題を苦に思わなかったということでは、いいことだったなと思います。

 

教室に通ったことは無駄にはなっていなかったと思いますが、後々から考えるともしかすると息子に無理をさせていたのでは・・・と教室を辞めた後に思うようになります。

ただ、今では漢字大好き少年になっているのが唯一の救いです😅

就学時健康診断でひっかかる

小学校入学を翌年に控えている場合、11月くらいに就学時健康診断があります。

これは、子供の健康状態や知能の発達状態を調べることもちろんですが、支援が必要な子供に対して教員を増員したり、クラス編成に使われたりと学校の運営をするために必要なものです。

 

息子はこの就学時健診でひっかかってしまいました。

息子と一緒に教育委員会へ出向きました。普通学級にするか支援学級にするかの判定をしてもらうためです。

 

健診時に受けたテストの結果を見せてもらい、出来ていないところを教育委員会の方が口で説明をして、もう一度答えを促します。

その時はちゃんと正解を答えていました。

その他にもいくつか息子に質問をしながら様子を見ているようでしたが、教育委員会の判定は、「普通学級で大丈夫でしょう。」ということでした。

 

この時、本当に大丈夫なのか?という気持ちとホッとした気持ちが入り混じって、複雑な気分でした。

 

さいごに

他にもいろいろあったと思いますが、特に印象に残っていることをまとめてみました。

運動会やお遊戯会などはみんなと一緒にこなせていましたし、そんなに心配する必要もないのかな・・・と思っていました。

 

・・・が。実際はそう簡単にはいきませんでした。。。

 

おまけ

買い物から帰ると、玄関前にまるで自分ちのようにくつろぐ猫発見!!

よく来るけど、この辺のボスっぽい😅

玄関前でくつろく猫

目つきが鋭い!!!